そういえば昔、「外圧」という言葉が日常的に使われていたような気がする。ニュースはいつも、「外圧」の話を伝えていた。そう、「外圧」は「gaiatsu」としてそのまま英語でも使われるくらい、みんなのお気に入りの単語だったよ。
とかく反応が鈍く、なかなか明確な政策を打ち出さない日本政府に対して「外圧」は有効な手段だったよね、特にアメリカにとっては。なんとかしろ、という圧力を外からかければ、日本はあたふたと対応していたように覚えてます。市場を開放しろ、関税を下げろ、もっと輸入しろ、陰に陽に外圧をかけて対応を求めた。まあ、そうでもしなきゃ、他所様の顔色ばっかり見てなかなか決断ができなかったからね、日本は。
そして、「外圧」はアメリカだけでなく、日本の政策担当当局にとっても便利な言葉だったよね。何らかの対応を取らなければ「外圧」に負けてしまいます、「外圧」を緩和するにはこの程度の妥協が必要です、という感じに使えば、政策の合理性や妥当性についてネチネチと吟味されることなく政策を通すことができたからね。
「外圧」が盛んに使われたのは、バブルの頃までだったかな。日本経済が最も勢いづき、世界の市場を席巻し、その勢いが故に世界中のあちこちで摩擦を引き起こし、「なんとかしろ」と文句を言われた。その「なんとかしろ」の文句が「外圧」だったのでしょう。
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気がつくと、すっかり「外圧」なんていう単語を目にしなくなったね。しぼんじゃって年中病み上がり、もはや脅威でもなくなった日本に「外圧」なんてかける用事もなくなった、ていうことなんでしょうかね。それどころか、「もうちょっとがんばってください、あなたが風邪ばっかり引いてると、周りも困るんですよ。」と心配されるような状況だもんね。
「外圧」をかけられてばかりの頃は、「大変だなー」「うるせーなー」とイライラもしたし反発も感じたでしょうが、思えば、「外圧」をかけられるうちが華だったんでしょうね。
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もうひとつ、国際経済の世界自体も変わったんだよね。国と国の二国間の通商関係ではなくて、市場経済が爆発的に拡大してる。「外圧」が見えなくなったのは、国際経済の「市場」、マーケットによる支配が強まったっっていうのもあるよ。変なことやってると、市場から警告を受け、場合によっては手痛いダメージを受けることもあるわけでさ。政治の世界はともかく、特に経済の分野においては、「外圧」は「市場の圧力」に置き換えられてしまった感があるなぁ。
「外圧」にノスタルジーを感じるほど、時が流れちゃった。
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